窃盗罪と遺失物横領罪とを区別するのは，「占有」です。窃盗罪は，他人の財物に対する占有を排除したり，侵害することによって，成立します。この「占有」とは，財物に対する事実上の支配を言います。
　「占有」についての考え方は，窃盗罪の着手時期や既遂時期にも影響を与えています。窃盗の着手時期は，財物についての他人の占有を侵害する行為が開始された時とされ，所謂「物色行為」を開始したときです。また，窃盗の既遂時期は，他人の占有を排除して，財物の占有を移転した時とされて，小さな物は身に付けた時，大きな物は搬出できる状態を作り出した時とされています。したがって，スーパーなどでの万引きは，手に持ってレジを通らずに店外に出たときに既遂となりますが，コートの下に隠したり，ポケットに入れたりした場合には，レジを通過する意思がないことは明らかですから，その時点で，窃盗罪が成立します。
　遺失物横領罪は，「占有を離れた他人の物」が客体です。風で飛んできた洗濯物，誤配の郵便物，乗り捨てられた自転車などがその例です。それでは，買い物をした際に，店の方で，誤って，多くの釣り銭を渡した場合にはどのような犯罪が成立するのでしょうか。
　買い物客が，釣り銭を受け取る際に，釣り銭の金額が多いことに気が付いている場合には，詐欺罪が成立します。買い物の支払いの場面では，買い物客には，釣り銭が多い場合には，その旨を店側に申告する義務が信義則上，課されており，その申告義務を果たすことなく，黙って多い釣り銭を受領することは，店側が錯誤に陥っていることを利用して，利得したことになり，詐欺罪が成立するのです。
　それでは，買い物客が買い物をした後に，釣り銭が多いことに気が付いた場合にはどうなるでしょうか。この場合には，「占有を離れた他人の財物」となって，遺失物となり，そのまま，店側に通知しないと，遺失物横領罪が成立することになります。
　「占有」があるかどうかで，問題となる例をご紹介します。大根を干している農家がありますが，風で，大根が，干している竿の下に落下した場合はどうでしょうか。この場合には，「占有」は農家にあります。
　また，駅の待合室で，イスに荷物を置いたまま，３～４メートル離れた自販機でジュースを買ったときの荷物の「占有」はあるのでしょうか。３～４メートルでは実効支配を離れておらず，「占有」はジュースを買った人にあります。
　それでは，自販機内にある釣り銭には，誰かの占有はあるのでしょうか。自販機内に留置された釣り銭は，自販機の設置管理者の占有下にあります。自販機に留置された釣り銭を無断で持ってくる行為は，窃盗罪になる可能性がありますから注意して下さい。