ロータリーは,どのようにして「物質的互恵」から脱却することができたのでしょうか。
1905年から1913年ころのアメリカのシカゴやニューヨークなど大都会では自動車産業の発展を背景とした大量生産・大量消費時代の幕開けの時代でした。
アメリカの大都会には,世界大戦前の不安定で騒然としたヨーロッパの国々とは違い,アメリカンドリームを地で行く成功例が巷に溢れており,成功するためには法に触れない限り何をやっても許される,成功した者が正しいという無茶苦茶な論理が横行していた時代です。
これまでに何回かお話したシェルドンは,ミシガン大学の修士課程をトップで修了した経営学・販売学という学問のパイオニア的な存在でした。ポール・ハリスは,シェルドンの思想を拠り所として,物質的互恵から精神的互恵へ徐々に転換しようとしましたが,一朝一夕に達成できたものではなく,1912年になってやっと物質的互恵から脱却することができたと言われております。また,「精神的互恵」というと,精神の安定とか経営哲学とかを想像しがちですが,ロータリークラブの会員の会社経営上の相談による利益が中心です。
シカゴクラブの会員が持っていた情報は膨大なもので,情報を共有することで,会社経営上優位に立つことができたり,会社経営のノウハウを伝授して貰ったりというように「精神的互恵」の内容は,会社経営上の利益になるものが多く,極めて実利的なものでした。この「精神的互恵」の基礎が職業奉仕なのです。ロータリークラブの会員は,会員相互の物資的互恵取引による利益を目的として入会するのではなく,入会した後の精神的互恵により自分が経営する企業が取引先,顧客,従業員や地域の人々から支持されるようになることによって,経営上の利益を享受することを目的としたのです。その後,職業奉仕を解りやすくした実践的な規範として「ロータリー倫理訓」,「四つのテスト」などが生み出されたのです。
ロータリークラブの会員は,クラブ内での物質的互恵取引による利益よりもはるかに発展性に富んだクラブ外の取引社会での優位性を約束する実践的な規範を獲得し,それを実践することにより,経済的な利益を獲得することができたのです。現実に,職業奉仕理念に基づく企業経営をしたロータリークラブの会員が経営する多くの企業は,他の企業に比較して,時間はかかっても,次第に,取引先,顧客,従業員や地域の人々から支持されるようになり,企業の利益も増大した例が多かったと言われております。
このように職業奉仕理念を導入することにより,「物質的互恵」に代わって「精神的互恵」が導入されたのですが,当初は,「物質的互恵取引」による利益に拘っていたロータリークラブの会員も,職業奉仕理念を基盤とした企業経営をするロータリークラブの会員の企業が継続的に発展している実証例を見て,職業奉仕理念に賛同したのです。ロータリークラブの会員が他の会員の経営方法を見習い,それが,ロータリークラブの会員ではない者が経営する他の企業にも波及すれば,業界全体の職業倫理の高揚に繋がるものであることをシェルドンが提唱したのです。